『しふくの時』は「短歌研究」の新人賞発表号の際にTwitterで話題になっていて知った。所属結社でもいい歌を発表されているようだったので気になっていたが、新人賞の連作が本のかたちで読めると知ってTwililightにて購入。このレジュメは、友人たちと『しふくの時』の読書会を行った際に、ここ数年に出版された30代女性歌人の歌集を連想させる部分が多いなと思ったので作成した。
・『しふくの時』への感想
自らの立場を固定的に考えずに詠んでいる点が心地よかった。意見がはっきりあるというよりも、ここが辛い、ここが問題だという点を思慮深く、わきまえながら(※わざとこの言葉を使っています)詠んでいる。新宿から小田急を使用して通勤していると読み取れはするが、地域性が感じられない点も面白かった。もう少し踏み込みが欲しいと思った歌もあったが(19首目〈エキュートで買い物をする女たちひとりひとりにひとつひとつの〉)、30首目からあとがきの流れがよかった。「子を産むか金稼ぐか」をまだ明確に選ぶ必要のない年齢や状況にいる作中主体を想像した。
・『しふくの時』とリンクさせて読みたい歌集
★『いらっしゃい』(山川藍/角川書店、2018)
ユーモアと、問題は生じるが温かな繋がりはある(?)家族のあり様。非正規雇用の歌も散見。
・幼いものへの呼びかけ
友達の産んだばかりの子のしゃっくりが聞こえる電話の奥 いらっしゃい
・痴漢被害
降りぎわに腿をひと撫でされる朝性別にのみ辞表出したし
・あなたはひとりではない、という呼びかけ
もういちど始めるできるこんにちは生きて帰ってきた女の子
・『しふくの時』30首目「これは怒り」的な?
取り出してながめて戻す憎しみと磨いて身につけるそれがある
★『にず』(田宮智美/現代短歌社、2020)
被災によって退職、及び心身のコンディションを崩した形跡。非正規雇用の歌も散見。産む/産まないの断絶が容赦なく描かれている。
・助けを求め、痛みを人に伝える難しさ
「助けて」と言えれば会えたかもしれぬ夜にひとりで過ごす避難所
「津波にも遭っていないし住む場所も家族もなくしていないんでしょう?」
・産む/産まない
またしても「子供生みな」と言われたり生まぬまま閉じし年上の友に
産み終えしのちのいもうとの饒舌なメール、キラキラネーム名付けて
生みそこねたるわたくしが農道を去勢済みなる犬と散歩す
残業だ「働くママ☆」がお子さんの都合で今日も欠勤だから
★『崖にて』(北山あさひ/現代短歌社、2020)
TV局、医療現場など多彩な職場詠と北海道の地域性。非正規雇用の歌も散見。
・暴力への糾弾
元気かな むかし彼氏に殴られてそれでも笑っていた女の子
セクハラはなかったことにできないよ。ようこそシベリアからの白鳥
・痴漢被害
サーベルのようにビニール傘提げて痴漢斬りたし痴漢斬りたし
・「短歌研究」の斉藤斎藤評と照らし合わせて読みたい
星ひとつぶ口内炎のように燃ゆ〈生きづらさ〉などふつうのテーマ
・助けを求め、痛みを人に伝える難しさ
ひらかないままの梔子〈言わない〉と〈言えない〉の違いなど知っている
★『青い舌』(山崎聡子/書肆侃侃房、2021)
ノスタルジックなムードの中に残酷さ、不安や恐怖がちらつく。
・幼いものへの呼びかけ
あなたの青い胸をずたずたにする人もいる世界へとはやくおいでよ
・周縁としての女性
女の名前よっつぽつぽつと降るようにある長命の画家の年譜に
★『太陽の横』(山木礼子/短歌研究社、2021)
怒りと臨場感ある描写が持ち味。キレがある。
・フェミニズムへの明確な意識
子を持ちても歌会へ通ふ日々をもつ男性歌人をふかく憎みつ
「日本死ね」までみなまで言はねば伝はらぬくやしさにこのけふの冬晴れ
雌の方が大きく育つ生き物に生まれたかつた みづに吐く息
・触られることへの恐怖
ベビーカーをずり落ちてゐる片足にひそかに触れる老いた手のある
・恐怖から派生した孤高への憧れ
だれからも疎まれながら深々と孤独でゐたい 月曜のやうに
・あなたはひとりではない、という呼びかけ
子を産んで毎日泣いてゐる人へ わたしはあなたのすべてを守る
・助けを求め、痛みを人に伝える難しさ
ほつといて ほつとかないで どちらにも聞こえぬやうに声出さず泣く
★『輪をつくる』(竹中優子/角川書店、2021)
細やかな視点が光る職場詠と家族詠。離別した父親との再会を苦く描く。
・『しふくの時』8首目「この道をゆけと背中を押してくる手」を思わせる
親切な人が次々現れてどちらもかわいそうと言うんだ
・『しふくの時』1首目「誰もさわれぬ」的な?
精神に抜け道があり鳥籠をひとつ抱えて行かなくてはね