てふこよもやま

俳句を詠んでいる松本てふこが書いています

山岸由佳『丈夫な紙』

俳句は可愛くなければならないかもしれない〜箱森裕美『鳥と刺繍』〜 - てふこよもやま

この記事で触れている読書会の準備中、あ、この句集を読むなら今では?と思い読了。

『鳥と刺繍』が特に影響を受けているんだろうなと思った句はこのあたり。

繰り返し繰りかへし海月となりぬ

空港の狂はぬ時計雪催

梅一輪なんども夢に殺されて

アップルパイ雲海のなか分け合つて

水引の花ふるい服燃えやすし

 

私がいいなあと思ったのはこのあたりの句。

汗引いてゆき百年のシャンデリア

液晶の眩しき海へ秋の蚊は

うらみつらみつらつら椿柵の向う

拝観の闇に馴染んで行く春か

毛布かけ尖れる耳の舟となり

水のうへのこゑすれちがふ桜かな

 

「炎環」同人、第一句集。

(2022年・素粒社)

 

俳句は可愛くなければならないかもしれない〜箱森裕美『鳥と刺繍』〜

※こちらは、以下の読書会のレジュメとして書かれたものです。ご興味がありましたら聞いてくださると嬉しいです。

 

『鳥と刺繍』の著者である箱森裕美も含めたメンバーで月一回、少人数で句会をやっている。

箱森の句評には時々「可愛い」という言葉が登場する。そのことにいまだに、それなりに驚く。私は俳句にそこまで可愛さを求めたことがない。もちろん、対象を可愛く見せようと意図して書くのが異様に楽しいことはよく知っているし、そういった狙いがあって成功している句は魅力的だから句会で出会ったら評価する。しかし、単なる「可愛さ」が魅力とイコールになるとは限らない。伝わり切らない「可愛さ」は単なる甘さとなって句を鈍らせる。「可愛さ」が俳句において成功するのは、「作者が感じた可愛さを読者に的確に伝えている」場合に限る、と個人的には思っている。

対して、箱森裕美は可愛さを伝達する技術よりも、可愛いものそのものの力を信じている書き手ではないか。彼女には俳句形式そのものが可愛く見えているのでは、とすら感じる。「可愛いもの」に対する熱量が高いのだ。

 

さて、『鳥と刺繍』である。

この句集は五つのパートから成る。食べ物にまつわる句とオノマトペが印象的な「鳥と刺繍」、幼年期や学校生活を連想させる句が多い「すずかけ」、生きものの形をしたものが不思議な躍動を見せる「天から手」、濃厚かつ独占欲の強い人間関係が様々な手法で描かれている「marshmallow」、そして一読淡々としている「草原に宝石」。

私が冒頭で書いた、「可愛いものそのものの力を信じている」という推測を裏付ける句が多いのが一番初めの章「鳥と刺繍」と二番目の「すずかけ」である。

「鳥と刺繍」は、登場する素材にわかりやすい可愛さが託されている句が目を引く。

  スクワットしてふはふはとサンドレス

  バスボム果てラメあらはるる二月かな

  春や春クリームぴゆと出ぴゆと戻り

あと全く可愛い句ではないが、どうしても頭から離れない句。

  残菊や舞台に人を殴る音

「すずかけ」は、集団の中で誰かと体験を共有する楽しさが凝縮された句が散りばめられている。「みんな」という言葉にはちょっと及び腰になりがちな私も、その輪の端に紛れ込みたくなる。

  8×4(エイトフォー)みんなで回すサイダーも

  みんな来て炬燵の中に隠す本

  待春や体育館で見る映画

この章の最後にこの句が置かれているのがなんとも心憎い。これが「エモい」というやつではないか?構成によって、卒業式の句のようにも読める。 

  桜蘂降る制服のまま踊る

「天から手」は、パートとしての長さはそれほどないが人形やぬいぐるみのような、魂を持たないが生きものの形に造られたものたちが鮮烈な印象を残す。

  ぬひぐるみまとめて縛る夏野かな

  シルバニアファミリー狐火のあかちやん

  冬薔薇ドールハウスの天から手

シルバニアファミリーの句は、箱森は俳句そのものに可愛さを求めているという私の説はあながち間違っていないのでは、という気になった。俳句そのものに可愛さを求めるならば、季語も可愛くなければならないわけで、狐火の句を詠むならば狐火すら可愛くさせないといけないということになりこういう句ができるのではないか。

そして、「marshmallow」である。知らない誰かがつけていた途切れ途切れの日記のような、一組のカップリングではなく性別も現状もまちまちの「あなたと私」。

  背中から愛されてをり夏の潮

  俯いて避くる口づけ鳥雲に

総じてこのパートの句は、可愛くはない。断片的だからこそ生々しい。そういえば箱森の句に、湿気や布地のような質感を強烈に感じていた時期があった。鉄でもプラスチックでもガラスでもない、ごわごわしているところもあるけど可愛い柄で、刺繍でちょっと分厚くなっているところがあって、水や汗を吸い込んでちょっと湿っている、ハンカチのように身近な布。

  また出会ふ別の花吹雪のなかで

花吹雪の句もエモい。最後の句でエモくする手法は狙ったのだろうか。こちらはこのパートに登場したいくつかの出会いと別れをループさせる装置のような一句。 

最後の「草原に宝石」。箱森が今後進みたい方向性の句を揃えたのかなと感じた。可愛さへの希求は表面上は少々落ち着いたように感じるが、どうだろうか。

  マネキンのあれは左手冬の浜

  おほかたは軽トラ白し竹の秋

  持ち帰り自由の食器白躑躅

このあたりの句には彼女が敬愛するとある俳人の影響を感じる。他にも彼女お得意のエモさが煌めく句、別の俳人の影響が感じられる句などピックアップしたいところなのだが、そのあたりは読書会の時にでもお話できればと思う。

 

読書会が終わった後に、箱森裕美が求めている「可愛さ」とはなんなのか、今よりもう少しわかっていたいという個人的な目標がある。頑張って話して、手がかりをつかみたい。

や団のコントで俳句を詠む

キングオブコント、今年も面白かったですね。

広島にいたのですが夜はホテルでビール飲みながら観ました。

どのコンビも面白かったですが、去年からや団のコントが好きなので

「はーやっぱりすごい……」ってなりました、特に。

あの灰皿ゴトゴトゴト……っていう時間、嫌すぎてすごかった。

去年のネタは2本ともすごく俳句向きだなと思ったので、

作ってみました。

1本目「バーベキュー」

https://youtu.be/QinRx_j2hBc?si=BsFRYjU6I2ufaBGy

 

2本目「雨」

https://youtu.be/1QOihxMpk6g?si=hS3JlcIdhiJHjzjv

文語と口語の匙加減が難しかったなあ。けど楽しかったです。

 

髙橋亘『機影の灯』

下萌や一弾となる騎手と馬

同姓のまた呼ばれをり春の風邪

親方の来て剪定の華やぎぬ

春寒し抜歯のガーゼ強く噛む

凩や店の名前に灯が入る

 

「都市」所属、第一句集。工場を描くことで現代の労働を外から描いている。

 

(2023年・朔出版)

 

 

栗原利代子『軟体動物』『恋雀』

ご縁があっていただきました。

面白いんじゃないかな、と思っていたら本当に面白かった!

 

『軟体動物』(牧羊社、1991)

足の裏掻いて淋しき月夜かな

春夕焼チューインガムの噛み疲れ

夕焼けの空を翔けたき産後かな

肛門の存在感や寒の入

紅梅や吸はれて乳の出る不思議

木犀も象の匂ひも神戸かな

成人の日や奴隷船映画見て

 

『恋雀』(ふらんす堂、2014)

水着絞りて閉経を心待ち

川の名を変へつつ水の温みけり

煮凝やむかし浪花は海の底

螢見て水より上がる心地せり

陶房の窯の静けさ卒業歌

ががんぼをばらさぬやうにつかむべし

花嫁にゆらゆら運ぶソーダ

 

『汗の果実』とサッカースタジアム

あなたにとって大事な作句の場所はどこですか?と聞かれたら、多分サッカースタジアムって答えると思います。

スタジアムの中っていうか、周辺で作った句も多いです。これはここで作ったよ、という自分用のメモを兼ねて。

※呼称は2023年6月現在のものです

※ほぼ、句集に収録された順です

 

レモンガススタジアム(神奈川県)

それにしてもと泰山木の花のこと

 

味の素フィールド西が丘(東京都)

午後四時のなほも溽暑でありにけり

 

栃木県グリーンスタジアム(栃木県)

※駅からのシャトルバスの光景

爽やかに森を濡らして雨脚は

 

ヤンマースタジアム長居大阪府

極月の旅荷に小さき献花など

黙祷の合羽にあたる時雨かな

 

・国立競技場(東京都)

元日や双眼鏡で人を見て

 

愛鷹広域公園多目的競技場静岡県

夏の山そして電光掲示

 

もっとあると思ってたんですがそうでもなかった。次の句集ではもっと入れたいなー。

岡田由季『犬の眉』

新しい句集が出たので、おさらい!

作り方に癖がなくてどんな題材でもさりげなく詠んでいるのがすごい。

野球の句がちょくちょくあって、どれもあんまり緊迫してなくて好きでした。

 

父と子が母のこと言ふプールかな

春の野に出でて棒読みのオフィーリア

かなかなや攻守の選手すれ違ふ

悴んでドッジボールに生き残る

ガーベラを一輪挿して仮眠室

岸和田の海にぶつかり猫の恋

梟やゴブラン織のなかに王

六月のレコード盤といふ渚